時代が変わっても、
「どう生きるか」という問いは、
人間にとって根本的なテーマなのだと思います。
私自身、
病院という場所で長く働く中で、
何度も“生と死”の近くに立ってきました。
男も女も、
お金持ちもそうでない人も、
社会的立場や生き方に関係なく。
病の前では、
人はとても平等です。
そして、
死を前にした時、
人は「どう生きてきたか」を見つめ始めます。
何のために生まれてきたのか。
何を大切にしてきたのか。
誰と生きてきたのか。
そんな問いを、
患者さんを通して、
そして自分自身の人生とも重ねながら、
私はずっと考えてきました。
でも本当は、
死を前にして初めて
「どう生きてきたか」
を振り返るのでは、
あまりにも苦しいのかもしれません。
もっと自分を大切にすればよかった。
もっと素直に生きればよかった。
本当はやりたかったことがあった。
そんな後悔を、
人生の最期に抱えるのは、
あまりにも酷だから。
だからこそ、
まだ動ける今、
まだ選べる今、
自分はどう生きたいのかを、
日々問い続けることが大切なのだと思っています。
人が社会と繋がり続けることは、
生きる意味としてとても大切なことだと思っています。
誰かの役に立てること。
必要としてもらえること。
感謝を伝えられること。
想いを受け取ってもらえること。
それは、
単なる“役割”ではなく、
「自分はここにいていい」
と思える感覚にも繋がっている気がします。
病の床にいる方でも、
最期まで、
「誰かの役に立ちたい」
という気持ちを持たれている方は少なくありません。
それは決して、
自己犠牲ではないのだと思います。
マズローの欲求説でも、
自己実現のさらに上には、
“自己超越”
つまり、
自分を超えて、
誰かや社会へ意識が向かう段階があると言われています。
本来、
人は誰かと繋がり、
役に立てることに喜びを感じる生き物なのだと思います。
ただ、
ここでとても大切なのが、
“バランス”なのだと感じています。
特に、
感受性が強い人、
人を支える仕事をしている人ほど、
相手の苦しみを“自分事”として受け止めやすい。
相手の気持ちを感じ取れる。
空気を読める。
期待に応えたい。
放っておけない。
その優しさは素晴らしい一方で、
気づかないうちに、
「自分を後回しにすること」が当たり前になってしまうことがあります。
そして、
いつの間にか、
“自分がどう感じているのか”
分からなくなってしまう。
だからこそ、
人を支える側の人ほど、
自分の身体との対話を習慣にする必要があるのだと思います。
呼吸は浅くなっていないか。
ちゃんと眠れているか。
首肩に力が入り続けていないか。
「まだ大丈夫」が口癖になっていないか。
身体は、
頭より先に、
限界や違和感を教えてくれています。
でも、
支える側の人ほど、
頑張れてしまう。
だから、
意識的に立ち止まり、
自分の感覚を取り戻す時間が必要になるのだと思います。
それは、
甘えでも弱さでもなく、
長く人と関わり続けるために必要なこと。
自分を大切にすることと、
誰かを大切にすることは、
本来、対立するものではない。
むしろ、
自分に誠実でいられる人ほど、
無理のない形で、
長く人に優しくできるのかもしれません。
最近、
私は、
「どう生きるか」の答えは、
とてもシンプルなのではないかと思うようになりました。
ひとつは、
自分に誠実でいること。
そしてもうひとつは、
役に立てることに喜びを感じられること。
その両方を、
無理なく循環させながら、
人は生きていくのかもしれません。
Salonゆう
住所:静岡県浜松市浜名区染地台1丁目43−29 レラハウスⅢ
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