20歳でアメリカへ渡りました。
若かった私は、
ただ「外の世界を見てみたい」という
思いだけで飛び込みました。
帰国後は、
30代半ばまでに
13か所の職場を経験しました。
「続かない人」
「落ち着きがない人」
そんなふうに
言われたこともありました。
でも私は、
逃げていたわけではありません。
自分にできること、
自分が本当に
力を発揮できる場所を探していたのです。
そんな中で出会ったのが、
介護保険制度が始まったばかりの頃の
訪問看護ステーションの立ち上げでした。
前例のない仕事。
だからこそ、
毎日が学びで、
毎日が挑戦でした。
利用者さんやご家族、
仲間と一緒に、
「よりよい介護とは何か」を
考え続けた時間は、
今でも私の原点です。
30歳では着物を学び、
34歳では津軽三味線、
36歳ではヨガのインストラクター
にも挑戦しました。
日本文化の美しさに触れる時間は、
忙しい毎日の中で
心を整えてくれるものでした。
38歳で子宮頸がんを経験し、
命について
より深く考えるようになりました。
そして
40歳で第一子を出産。
「仕事中心」だった人生が、
「家族中心」の人生へと
少しずつ変わっていきました。
40代前半には、
取締役という立場も経験しました。
若い頃には
想像もしていなかった役割です。
多くの職場を経験したこと、
人と関わり続けたこと、
現場で学んできたこと。
その積み重ねがあったからこそ、
任せてもらえたのだと思っています。
44歳で
独立・起業にも
挑戦しました。
安定よりも、
「自分で道を切り開いてみたい」という
気持ちが勝ったのです。
そして47歳では、
一輪車5kmマラソンに挑戦。
何歳になっても、
新しいことに挑戦する楽しさを
忘れたくありませんでした。
こうして振り返ると、
私の人生は一直線ではありません。
遠回りもしました。
立ち止まったこともありました。
でも今なら、
はっきりと言えます。
人生に無駄な経験は、
ひとつもありませんでした。
すべての経験が、
今の私をつくっています。
そして今、
一番大切なのは、
子どもと家族との時間です。
若い頃は、
「何を成し遂げるか」を
追いかけていました。
今は、
「誰と、どんな時間を生きるか」を
大切にしたい。
自分にとっての
大切なことを
知っている人は強い。
これからも、
肩書きではなく、
人とのご縁を大切にしながら、
自分らしく歩んでいきたいと思っています。
Salonゆう
住所:静岡県浜松市浜名区染地台1丁目43−29 レラハウスⅢ
NEW
-
05.Oct.2026
-
人はみんな、自分の足...7歳の慎重派の娘。一輪車の練習をしたり、5kmマラソンに向け...04.Oct.2026
-
自分の好きを追求して...自分の好きを追求してきて、気づけば、時間にも心にも余裕が...03.Oct.2026
-
呼吸って、普段はほと...呼吸って、普段はほとんど意識しません。 でも、疲れている...02.Oct.2026
-
呼吸と姿勢を整えると、呼吸と姿勢を整えると、 身体に余分な力が入りにくくなります...01.Oct.2026
-
健康寿命のために必要...健康寿命のために必要なこと7 看護師として24年、 たくさん...30.Sep.2026
-
「もっと頑張る」より...19:30。この時間になると、ふと思います。「私、今日もよくや...30.Sep.2026
-
きれいになりたいは、...「姿勢を良くしましょう」と言うと、背筋をピンと伸ばそうと...29.Sep.2026