「この子が人前で喋れないのは、
あなたの愛が足りないせいだ」
そう言われたことがあります。
言ったのは、
たった一人。
もちろん、
その人の言葉がすべてではないと
分かっています。
それでも、
言葉って、
思っている以上に深く傷になる。
何かの拍子に、
ふっと蘇ってくる。
私がいけないのかな。
何か間違っているのかな。
手をかけ過ぎなのかな。
逆に、
足りないのかな。
どうしたら、
ほかの子みたいに
テキパキ、ハキハキ
できるようになるのかな。
……いやいや。
この子は、この子。
これでいい。
そう思う。
でも、
このままで、
学校で困らないかな。
「あっちに行って」
と言われたら、
ちゃんと嫌だと言えるかな。
先生にも、
ちゃんと見てもらえるかな。
自分に自信を持って
大きくなっていけるかな。
また心配になる。
そしてまた、
「この子は、この子」
と自分に言い聞かせる。
たぶん私は、
ずっとこの繰り返しなんだと思います。
子どものことを
信じたい。
でも、
心配になる。
比べたくない。
でも、
隣の子を見て
「いいな」と思ってしまう。
その子らしさを
大切にしたい。
でも、
この先、困らないように
何かしてあげたいとも思う。
親って、
そんな矛盾を抱えながら
子どもを見ているのかもしれません。
そして、
その矛盾を抱えている自分を
責めなくてもいいのだと思うようになりました。
心配することも、
愛情のひとつ。
でも、
心配だからといって、
子どもの人生を
親が先回りして決めてしまう必要はない。
困っているときには、
一緒に考える。
必要なときには、
手を差し伸べる。
でも、
その子の人生を歩くのは、
その子自身。
私は最近、
そんなことを少しずつ
考えるようになりました。
「この子を信じる」
というのは、
「この子なら絶対に大丈夫」
と自分に言い聞かせることでも、
「何があっても見守るだけ」
ということでもないのかもしれない。
心配しながらも、
その子を見る。
迷いながらも、
その子の声を聞く。
必要なときには手を出し、
必要がなくなったら、
一歩引く。
その繰り返しなのかもしれません。
私もまだ、
全然できていません。
娘のことで不安になるし、
他の子と比べてしまうこともある。
「もっとこうだったら」
と思ってしまうこともある。
それでも、
この子は、この子。
その言葉を、
娘に言い聞かせるだけではなく、
私自身にも
言ってあげたい。
そして、
同じように子どものことで
悩んでいるお母さんにも、
「心配してしまう自分を、
責めなくていいよ」
と伝えたい。
子どもを信じたいのに、
心配してしまう。
比べたくないのに、
比べてしまう。
手を出したほうがいいのか、
見守ったほうがいいのか、
分からなくなる。
それは、
子どもを大切に思っているからこそ
生まれる迷いなのかもしれません。
私たちは、
完璧な親にならなくてもいい。
迷いながら、
その子を知っていけばいい。
戸惑いながら、
愛おしんでいけばいい。
そして、
その時その時で
必要な愛を重ねていけばいい。
私も、
まだその途中です。
娘を育てながら、
私自身も母親として
育ててもらっている。
だから今日も、
心配する私も、
迷う私も、
そのまま抱えながら、
この子は、この子。
そう思って、
娘を見ています。
Salonゆう
住所:静岡県浜松市浜名区染地台1丁目43−29 レラハウスⅢ
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