自分を犠牲にしなくなったら、過去を握りしめなくなった

自分を犠牲にしなくなったら、過去を握りしめなくなった

昨日、夫が


「83歳の父とゴルフに行く」


と話していました。




その言葉を聞いて、


なんだかとても嬉しくて、


そして、ほっとした自分がいました。




結婚して20年以上。




義父との関係は、


ずっとどこかギクシャクしていました。




私は、


義父に受け入れてもらえないと


感じることが


何度もありました。




「どうして、


 私は受け入れてもらえないんだろう」




「なぜ、


 こんなことを言われなければ


 いけないんだろう」




そんな気持ちを抱えたまま、


家族だから、


うまくやらなければ。




嫁なのだから、


我慢しなければ。




そうやって、


自分の気持ちを


飲み込んできた時期もありました。




受け入れてもらえないことは、


やっぱり辛かったです。




今、義父は83歳。




歳を重ねて、


丸くなったところもあると思います。




そして私自身も、


歳を重ねて、


少し丸くなったのだと思います。




でも、


それだけではない


気がしています。




もし私が、


あの頃のまま、




自分を押し殺して、


自分を犠牲にして、




家族としての「体裁」だけを


繕っていたら。




きっと今も、


過去の嫌だった出来事を


思い出しては、




「あの時、こんなことを言われた」


「こんなことをされた」




と、不満や傷ついた記憶を


並べ続けていたと思うんです。




でも私は、


少しずつ変わりました。




自分の好きなことをする。




やりたいことをやってみる。




自分の時間を持つ。




自分の人生を、


自分で楽しむ。




そうやって、


自分を犠牲にすることを


少しずつやめていった。




すると不思議なことに、


以前なら


引っかかっていたことが、




少しずつ


流せるようになってきました。




もちろん、


過去のことが


なかったことになったわけではありません。




納得できないこともあります。




傷ついたことも、消えません。




でも、


「私は私の人生を生きている」


と思えるようになると、




人の言葉や態度に、


自分の人生を


支配されなくなってくる。




相手を無理に受け入れなくてもいい。




分かり合えなくてもいい。




ただ、


「そういう人なんだな」と


少し離れて見ることができる。




それだけで、


心はずいぶん


楽になるのだと思います。




だから昨日、


夫と83歳の義父が


ゴルフに行くと聞いて、




「よかったね」




と、素直に思えました。




20年以上前の私だったら、


きっとこんなふうには思えなかった。




そう思うと、


義父との関係が変わったこと以上に、




「私も変わったんだな」




と、少し嬉しくなりました。




人との関係を変えようとすると、


相手を変えたくなります。




でも、


自分を


押し殺すことをやめる。




自分の人生を、


自分で生きる。




そのことが、


結果的に




人との関係にも


余白を


つくってくれることがある。




歳を重ねるって、


ただ丸くなることじゃ


ないのかもしれません。




いろんな経験をして、


いろんな感情を抱えて、


それでも少しずつ、




「もう、握りしめなくてもいいかな」




と思えるように


なることなのかもしれません。




夫と義父のゴルフの約束。




たったそれだけの出来事なのに、


昨日はなんだか、




自分のこれまでを


振り返る夜になりました。

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