「どうして母は生きているのだろう。」
認知症になった母を見て、
私は本気でそう思ったことがあります。
長女を妊娠していた頃、
母の認知症は急激に進みました。
被害妄想が強くなり、
私は敵のように扱われました。
初めての出産、初めての子育て。
本当なら一番頼りたかった
母の力を借りることはできませんでした。
あの頃は、「生きる意味」が分かりませんでした。
でも、今は違います。
母は寝たきりになり、
言葉を話すことも、
自分で食べることもできません。
それでも毎月、
乳がんの治療に付き添う時間は、
私にとって心を整える時間になっています。
看護師として24年間、
多くの命を見送ってきました。
その中で確信したことがあります。
生には、必ず意味がある。
元気な人にも。
病気と闘う人にも。
言葉を失った人にも。
それぞれに、
その人にしか果たせない役割があります。
そして母は、
何も話さなくても、
今も私に大切なことを教え続けてくれています。
もう一つ気づいたことがあります。
私は
「愛されていなかった」のではありませんでした。
ただ、
子どもの頃に求めていた形と
違っていただけでした。
母は、
お洒落をする私を喜んでくれました。
留学も、転職も、独立も、
心から応援してくれました。
母は、
自分が叶えられなかった夢を、
私に託してくれていたのかもしれません。
母と娘。
一見仲が良さそうでも、
心の奥に誰にも言えない
思いを抱えている人は少なくありません。
「もっと愛されたかった。」
そう思っていた自分を認めてあげること。
そして、
愛は違う形で
存在していたことに気づくこと。
その二つが、
私の心を少しずつ変えてくれました。
お母さん。
生きていてくれて、ありがとう。
この投稿が、
親子関係に悩んでいる誰かの心に、
そっと届きますように。
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Salonゆう
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